売上と入金が一致しないのはなぜ?
事業を行っていると、「売上が計上された月」と「実際にお金が入金された月」が異なるケースは珍しくありません。
例えば、1月に商品を販売し請求書を発行しても、入金は2月になることがあります。これは取引の条件や決済方法によって当然発生する現象ですが、会計処理ではこのズレをどのように扱うかが重要です。
特に、税務申告や資金繰り管理においては、「売上と入金のタイミング」を正しく把握し、会計処理のルールを守る必要があります。
ここで登場するのが、発生主義と現金主義という2つの考え方です。
間違った処理は税務リスクや資金繰り悪化につながる
売上と入金のズレを適切に処理しないと、次のような問題が起こります。
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税務リスク
売上計上時期を誤ると、税務調査で否認され、追徴課税や加算税が課される恐れがあります。 -
利益の誤認
入金ベースで売上を管理すると、売掛金や未収金が見えず、実際の利益や資金状況を正確に把握できません。 -
資金繰りの悪化
売上は立っているのに入金が遅れている場合、手元資金が不足し、仕入れや経費の支払いに支障が出ることがあります。
これらを防ぐには、会計基準や税法に則った売上計上方法を選び、運用することが不可欠です。
基本は発生主義、条件によって現金主義も選択可能
原則として、法人も個人事業主も発生主義会計を用います。
発生主義では、取引が発生した時点で売上や費用を計上します。入金や支払いの有無は関係ありません。
一方、現金主義会計は、実際に入金や支払いがあった時点で収益や費用を計上します。
個人事業主の中には、一定の条件を満たすことで現金主義を選択できる場合があります(所得税法第36条の2による特例)。
つまり、原則は発生主義ですが、事業規模や管理方法によっては現金主義を採用することも可能です。
しかし、どちらを採用するかで売上計上のタイミングや課税時期が変わるため、慎重な判断が必要です。
発生主義と現金主義の考え方の違い
発生主義とは
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定義:取引が成立した時点で売上や費用を認識する会計処理方法
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特徴:
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売掛金や買掛金を計上する
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実際の資金の動きと会計上の数字がズレることがある
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メリット:
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正確な期間損益計算が可能
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税務申告で認められる一般的な方法
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デメリット:
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売掛金の回収管理が必要
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実際の資金繰りとは乖離する場合がある
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現金主義とは
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定義:入金や支払いの時点で売上や費用を認識する会計処理方法
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特徴:
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売掛金や買掛金を計上しない
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現金主義用の帳簿付けが必要
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メリット:
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資金繰り状況と会計が一致する
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管理が比較的シンプル
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デメリット:
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実態の損益計算が難しい
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法人は原則として選択できない
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発生主義と現金主義の比較表
| 項目 | 発生主義 | 現金主義 |
|---|---|---|
| 売上計上時期 | 請求書発行や商品引渡時点 | 入金時点 |
| 売掛金計上 | あり | なし |
| 税務上の原則 | 原則 | 例外的に認められる |
| 資金繰り把握 | やや難しい | 容易 |
| 適用主体 | 法人・個人(原則) | 個人事業主(条件あり) |
売上と入金ズレのケース別会計処理
売上と入金のタイミングが異なる典型的なケースを、発生主義と現金主義でそれぞれ見てみましょう。
ケース1:商品販売と翌月入金
状況
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1月10日:商品を100,000円(税込)で販売
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1月10日:請求書発行(支払期限は2月末)
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2月28日:銀行振込で入金
発生主義の場合(原則)
1月10日(販売時)
売掛金 100,000 / 売上 100,000
2月28日(入金時)
普通預金 100,000 / 売掛金 100,000
→ 売上は1月に計上。入金は翌月でも損益計算には影響なし。
現金主義の場合
→ 売上は1月に計上。入金は翌月でも損益計算には影響なし。
現金主義の場合
→ 売上は入金があった2月に計上。
ケース2:役務提供と分割入金
状況
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3月1日〜3月31日:業務委託契約でサービス提供
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4月10日:請求書発行(200,000円)
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4月末:半額入金(100,000円)
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5月末:残額入金(100,000円)
発生主義の場合
4月10日(請求時)
売掛金 200,000 / 売上 200,000
4月末(1回目入金)
普通預金 100,000 / 売掛金 100,000
5月末(2回目入金)
普通預金 100,000 / 売掛金 100,000
→ 請求日ベースで全額を4月に売上計上。
現金主義の場合
4月末
普通預金 100,000 / 売上 100,000
5月末
普通預金 100,000 / 売上 100,000
→ 入金ごとに売上を計上。
ケース3:前受金(入金が先)
状況
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6月1日:顧客から先に50,000円を入金
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6月15日:サービス提供完了
発生主義の場合
6月1日(入金時)
普通預金 50,000 / 前受金 50,000
6月15日(役務提供時)
前受金 50,000 / 売上 50,000
現金主義の場合
6月1日
普通預金 50,000 / 売上 50,000
→ サービス提供前でも入金時に売上計上。
ケース4:未収金(役務提供後も未入金)
状況
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9月20日:コンサルティング完了(150,000円)
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9月20日:請求書発行(支払い期限10月末)
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10月末:未入金のまま(未回収)
発生主義の場合
9月20日
未収金 150,000 / 売上 150,000
→ 回収が遅れても売上は計上され、貸倒れの可能性がある場合は貸倒損失の処理が必要。
現金主義の場合
→ 入金がないため仕訳なし。
ズレの会計処理で注意すべき3つのポイント
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税務署の指摘を避けるための一貫性
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毎回計上基準を変えると、恣意的な利益操作とみなされるリスクがある
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発生主義なら発生主義、現金主義なら現金主義で統一する
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資金繰り管理と会計数値のギャップを意識
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発生主義では資金繰り表を別途作成し、売掛金回収状況を常に確認する
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現金主義では未収案件の管理を怠らない
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契約条件や請求サイトの見直し
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入金遅れを防ぐため、前金や短期サイト(例:月末締め翌月15日払い)への交渉を検討
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行動:売上と入金のズレを正しく管理するためのステップ
ここからは、実務で今すぐ取り入れられる手順を紹介します。
ステップ1:自社の会計基準を確認
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法人は原則発生主義
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個人事業主は現金主義の選択届出書の提出有無を確認
ステップ2:売掛金・未収金管理表の作成
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Excelや会計ソフトで「請求日・金額・入金予定日・入金日」を管理
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回収漏れを防止するアラート設定を行う
ステップ3:契約書・請求条件の見直し
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入金サイト(支払期限)を短縮できないか交渉する
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前金制や着手金制度を導入してキャッシュフローの安定化を図る
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複数回払いの契約の場合、分割入金のスケジュールを明確に契約書へ記載
ステップ4:会計ソフトの自動連携活用
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freeeやマネーフォワードクラウドなどでは、銀行口座・請求書発行システムと連動可能
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自動仕訳により入金確認と売掛消込がスムーズ
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未入金アラート機能を活用して回収漏れを防ぐ
ステップ5:税務調査対策
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発生主義であれば請求書と契約書の控えを必ず保存
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現金主義の場合も、入金の事実を証明するために通帳や領収書を保管
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会計基準の選択理由と一貫性を説明できるよう準備しておく
ステップ6:資金繰り表との連動
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会計帳簿だけでなく、資金繰り表を毎月作成して現金残高の推移を可視化
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発生主義会計では「売掛金回収予定」を、現金主義会計では「入金確定分」をベースに作成
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キャッシュ不足が予測される場合は早めに金融機関と相談
まとめ:売上と入金のズレ管理は経営の生命線
売上と入金のズレは、数字上の利益と実際の現金残高が一致しない原因となります。
特に中小企業や個人事業主では、このズレを放置すると資金ショートのリスクが高まり、最悪の場合は黒字倒産を招くこともあります。
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発生主義:実態を正確に反映、ただし資金繰りの把握が必要
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現金主義:現金ベースでわかりやすいが、未回収リスクの把握が難しい
会計基準を正しく理解し、売掛金管理や契約条件の改善、会計ソフトの活用によって、売上と入金のズレを最小限に抑えることができます。
よくある質問(FAQ)
Q1. 個人事業主ですが、発生主義と現金主義どちらが有利ですか?
→ 売上規模や取引形態によります。請求から入金までが長い業種では現金主義の方が税負担のタイミングを遅らせられる場合があります。ただし、事業拡大を見据えるなら発生主義の方が経営管理には有効です。
Q2. 発生主義を途中で現金主義に変更できますか?
→ 可能ですが、税務署への「所得税の課税の特例の適用に関する申請書」の提出が必要です。
Q3. 発生主義と現金主義を混在させてもいいですか?
→ 原則不可。一貫性が求められるため、毎年同じ基準で処理してください。

