一人社長が抱える法人化の悩み
個人事業主として活動していると、売上や利益が安定してきたタイミングで「法人化した方がいいのかな?」と悩む方は多いでしょう。特に一人社長(従業員を雇わず自分一人で会社を経営する形態)の場合、法人化による節税効果や社会的信用力の向上は魅力的です。
しかし、法人化には税務面や手続き面での負担増もあり、必ずしもすべてのケースで得になるとは限りません。
本記事では、2025年現在の最新税制と社会保険制度を踏まえて、一人社長が法人化すべきかどうかを判断するためのポイントを、メリット・デメリットの両面から徹底解説します。
安易な法人化が招く落とし穴
「一人社長」としての法人化は、メリットがある一方でリスクも伴います。特に次のような悩みを持つ方は、正しい判断が必要です。
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売上や利益が増え、税金が高くなってきた
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取引先や融資先から「法人の方が信用できる」と言われた
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社会保険の加入義務やコストが気になる
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設立費用や経理業務の負担増が不安
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法人化後に廃業や事業縮小した場合のリスクを知りたい
多くの個人事業主が、「税金が安くなるらしい」という漠然としたイメージだけで法人化を検討しますが、実際には売上規模・利益率・将来の事業展望などを総合的に見て判断する必要があります。
売上・利益の安定度が最大の判断基準
結論として、一人社長でも売上規模が一定以上(目安:年商1,000万円超)かつ利益が年間500万円以上見込める場合は、法人化によって節税や社会的信用の向上が期待できます。
一方で、利益が低い段階や不安定な事業環境では、法人化によって社会保険料や経理負担が増えるリスクがあり、慎重な判断が必要です。
状況 | 法人化メリット | 法人化リスク |
---|---|---|
売上・利益が安定 | 節税効果大、信用力向上 | 社会保険料負担 |
売上・利益が不安定 | 節税効果限定的 | 社会保険料負担増、解散コスト |
理由①:税率構造の違いによる節税効果
法人化の最大のメリットの一つは、税率構造の違いによる節税効果です。
個人事業主の税金(所得税+住民税)
個人事業主は、所得税が累進課税(最大45%)で課され、住民税(10%)と合わせると、最大で55%の税負担になります。
課税所得 | 所得税率 | 控除額 | 合計税率(所得税+住民税) |
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〜195万円 | 5% | 0円 | 15% |
195〜330万円 | 10% | 97,500円 | 約20% |
330〜695万円 | 20% | 427,500円 | 約30% |
695〜900万円 | 23% | 636,000円 | 約33% |
900〜1,800万円 | 33% | 1,536,000円 | 約43% |
1,800万円超 | 45% | 2,796,000円 | 約55% |
法人の税金(法人税+地方法人税+事業税など)
中小企業の場合、法人税率は次のようになります(2025年時点)。
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年800万円以下の所得部分:約23.2%
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年800万円超の所得部分:約33.6%
法人では役員報酬として所得を分散できるため、法人税+所得税の総額を減らせる可能性があります。
💡 利益500万円超で法人化を検討する価値が高まる
理由②:法人化で得られる社会的信用
法人化すると、会社名義での契約が可能になり、次のような信用面のメリットがあります。
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取引先からの信頼度アップ
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銀行融資や補助金申請が有利
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大手企業との取引要件を満たしやすい
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採用や外注契約で有利になる
理由③:社会保険の加入義務と負担増
一人社長でも、法人化すると社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が義務になります。
これは大きなデメリットと感じる人も多い部分です。
社会保険料の目安(2025年)
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健康保険料:年収500万円 → 約80万円(会社負担分含む)
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厚生年金保険料:年収500万円 → 約90万円(会社負担分含む)
役員報酬500万円の場合 → 年間約170万円の社会保険料
個人事業主の国民健康保険・国民年金と比べると負担増となります。
理由④:経費計上の幅が広がる
法人化すると、経費として認められる範囲が個人事業主より広くなるケースがあります。
主な経費拡大の例
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役員報酬(個人事業主は生活費は経費にできない)
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家族への給与(青色事業専従者給与より柔軟)
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退職金(法人は役員退職金を経費にできる)
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生命保険料(法人契約なら経費割合が高い商品あり)
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交際費(中小企業は年800万円まで損金算入可能)
💡 特に退職金と生命保険の活用は法人特有の節税策
長期的に利益が見込める場合、節税と資産形成の両面で有効です。
理由⑤:事業承継や資産管理がしやすい
法人は、事業を法人格として存続できるため、事業承継がスムーズです。
また、法人名義で不動産や金融資産を保有することで、個人とは分離した資産管理が可能になります。
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株式を譲渡する形で経営権を移転
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相続税対策としての株価評価引き下げ
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法人を資産管理会社として活用
法人化すべきか?利益規模別シミュレーション
以下は、2025年現在の税制に基づいた「利益規模別の法人化メリット・デメリット」の目安です。
※役員報酬は利益に応じて調整した想定
年間利益 | 個人事業主の税負担 | 法人化後の総負担(法人税+所得税+社会保険) | メリットの有無 |
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300万円 | 約75万円 | 約120万円 | デメリットが大きい |
500万円 | 約150万円 | 約160万円 | ほぼ変わらず |
800万円 | 約260万円 | 約220万円 | 節税効果あり |
1,200万円 | 約420万円 | 約320万円 | 大きな節税効果あり |
💡 利益800万円超が一つの分岐点
それ以下の場合は社会保険料負担増で効果が薄くなる可能性があります。
一人社長の成功事例
事例①:年商2,000万円のフリーランスデザイナー
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個人時代:所得税・住民税合計約400万円
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法人化後:役員報酬800万円設定 → 総負担約300万円
結果:年間100万円の節税+取引先の拡大
事例②:コンサル業で役員退職金活用
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法人化後、利益の一部を退職金として積み立て
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10年後に退職金として受け取り、所得税負担を軽減
一人社長の失敗事例
事例①:利益300万円で法人化
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社会保険料負担が増え、可処分所得が減少
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経理や申告業務が複雑化し、税理士費用も増加
事例②:売上減少で維持困難
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法人維持費(登記・会計・税務)が年間30万円以上
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事業規模に合わず法人を解散、清算コストも発生
法人化前にチェックすべき5つのポイント
法人化は一度すると簡単には戻せません。以下の5つの観点を必ず事前に検討しましょう。
① 年間利益(目安は800万円以上)
法人化の最大の節税効果は、累進課税の所得税を抑えられることです。
利益が少ないと、社会保険料負担増で逆効果になるケースもあります。
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利益800万円未満:慎重に検討
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利益800万円以上:法人化メリットが見込める
② 社会保険料の負担増に耐えられるか
法人化すると強制的に社会保険(健康保険・厚生年金)に加入します。
年間数十万円〜百万円単位で負担増になる可能性があります。
役員報酬(月額) | 社会保険料(年間・概算) |
---|---|
30万円 | 約130万円 |
50万円 | 約220万円 |
③ 継続的な利益が見込めるか
単年度だけ利益が多くても、翌年以降が低下すれば、法人維持費が重荷になります。
3年以上の中期的な事業計画を立てて判断するのが安全です。
④ 法人維持コストを把握しているか
法人化すると、最低でも以下の維持コストがかかります。
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税理士顧問料(年間20〜50万円)
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登記関連費用(設立時約20万円、変更時も発生)
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事務コスト(会計ソフト、郵送、文書管理など)
⑤ 節税以外の目的があるか
法人化のメリットは節税だけではありません。
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取引先からの信用向上
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銀行融資の条件改善
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事業承継のスムーズ化
これらの非金銭的メリットも総合的に評価することが重要です。
法人化判断フロー(簡易版)
以下のフローチャートを参考にすれば、初期判断が可能です。
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年間利益は800万円以上か?
→ NO → 法人化は慎重に
→ YES → 次へ -
3年以上、同水準以上の利益が見込めるか?
→ NO → 法人化は時期尚早
→ YES → 次へ -
社会保険料負担増を受け入れられるか?
→ NO → 法人化は再検討
→ YES → 次へ -
法人維持コストを理解し、支払えるか?
→ NO → 法人化は保留
→ YES → 法人化を検討
法人化を成功させるためのステップ
法人化を単なる「節税手段」にしないためには、計画的な準備が不可欠です。以下のステップに沿って進めることで、失敗リスクを大幅に減らせます。
ステップ① 現状分析とシミュレーション
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年間売上・利益・経費・所得税額・住民税額・国民健康保険料を正確に把握
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法人化後の法人税・社会保険料・役員報酬・必要経費をシミュレーション
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税理士や社会保険労務士に試算を依頼するのがおすすめ
📌 ポイント:法人化後の「手取り額」を事前に比較すると、メリット・デメリットが明確になります。
ステップ② 役員報酬の設定
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役員報酬は設立後3か月以内に決定し、その後1年間は原則変更できません
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所得税・法人税・社会保険料のバランスを考えて設定
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家族に給与を支払う場合は「青色事業専従者給与」よりも自由度が高くなる
💡 例:利益900万円の場合、役員報酬を500万円に設定し、法人に利益を残すと法人税率が抑えられる
ステップ③ 社会保険・労働保険の加入
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法人は強制加入(役員1人でも)
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健康保険と厚生年金の保険料率は毎年変動するため、最新情報を確認
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従業員を雇用する場合は雇用保険・労災保険の手続きも必要
ステップ④ 設立手続き
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定款作成(電子定款なら印紙代4万円が不要)
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公証役場で定款認証(約5万円)
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法務局に登記申請(登録免許税15万円〜)
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銀行口座開設
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税務署・都道府県税事務所・市区町村への届出
ステップ⑤ 法人化後の運営体制構築
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会計ソフトの導入(freee、マネーフォワード、弥生など)
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経費精算・請求書発行・給与計算のルール作り
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銀行融資や補助金申請のための資料管理
ステップ⑥ 法人化後の見直し
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設立1年後に税務・社会保険の負担額を再評価
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役員報酬の見直しや節税スキーム(退職金制度、法人保険など)を検討
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将来的な事業承継・M&Aを視野に入れる
まとめ
一人社長の法人化は、利益規模や社会保険料負担、維持コストなどを総合的に考慮して判断すべき重要な選択です。「節税できるから」だけで決めると失敗するリスクが高いため、事前のシミュレーションと専門家への相談を欠かさないことが成功のカギです。