個人資産の「法人化」という節税手法が注目される理由
近年、中小企業経営者や高所得フリーランスの間で、
「不動産や車、株式などの個人資産を法人に移すことで節税できるのでは?」
という相談が急増しています。
実際、「資産管理会社」や「マイクロ法人」という言葉を耳にする機会が増えた方も多いでしょう。
法人化によって経費計上の範囲が広がり、所得分散が可能になるため、税負担を軽減できるケースがあります。
しかし一方で、誤った法人化は節税どころか“脱税認定”につながるリスクもあります。
国税庁は「実質的に個人が所有している資産を、形式的に法人へ移しただけ」のスキームに厳しく対応しており、
税務調査でも重点的に確認される分野の一つです。
この記事では、個人資産の法人化による節税の仕組みと、その裏にあるリスクを、
実務的かつ分かりやすく整理していきます。
個人資産の法人化とは何を指すのか?
「法人化」は単なる登記ではない
ここで言う「個人資産の法人化」とは、経営者個人が保有している資産(例:不動産、車、金融資産など)を
法人名義に移し、その管理や運用を法人で行うスキームを指します。
たとえば次のようなケースです:
| 個人保有資産 | 法人化後の利用方法 | 節税の狙い |
|---|---|---|
| 不動産 | 法人が所有し、個人に貸す | 家賃を法人経費に、個人に賃料収入 |
| 車・機材 | 法人名義に変更し、業務用として使用 | 維持費や減価償却費を経費化 |
| 株式・預金 | 法人が管理・運用 | 事業所得と分離し、税率最適化 |
要するに、資産を法人に持たせることで、経費・所得・税率の最適化を図る手法といえます。
法人化で期待できる3つの節税効果
1. 経費計上の幅が広がる
個人事業主の場合、生活と事業が混在しており、経費として認められる範囲が限定的です。
しかし、法人名義にすることで「法人の業務に必要な支出」として明確に区別され、
以下のような支出が経費化しやすくなります。
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不動産の固定資産税・修繕費
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法人名義車両の保険料・車検費用
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管理報酬や顧問料
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役員報酬としての給与支払い
これにより、所得税率が高い個人課税を避けつつ、法人経費で課税所得を圧縮することが可能になります。
2. 所得分散による税率軽減効果
法人化によって、経営者個人の所得を法人へ分散することができます。
法人税率は概ね23.2%前後(中小法人は15〜19%程度)と、
個人の最高税率(所得税+住民税で最大55%)に比べて低く抑えられます。
たとえば、個人が年間2,000万円の不動産所得を得ている場合、
法人化して役員報酬を月50万円(年600万円)に設定し、残りを法人に利益として留保すれば、
実効税率を大幅に下げられるケースがあります。
3. 家族に役員報酬を支給して節税
法人化のメリットの一つが、家族を役員や従業員として登用できる点です。
家族に対して役員報酬を支給することで、世帯全体の所得を分散させ、
各人の所得税・住民税の累進課税を抑えることができます。
| 支給対象 | 支給額(月) | 年間所得税率 | 節税効果 |
|---|---|---|---|
| 経営者本人 | 50万円 | 約20% | 法人利益圧縮 |
| 配偶者 | 20万円 | 約10% | 世帯合計税負担減少 |
| 子ども | 10万円 | 約5% | 節税+家族の社会保障適用 |
ただし、支給する報酬は「職務内容に見合った合理的な金額」であることが前提です。
形式的な支給は税務上否認されるリスクがあります。
法人化による節税の「見えないリスク」
節税メリットばかりが注目されがちですが、法人化には見落としやすいデメリットや税務リスクも存在します。
1. 名義だけの法人化は「実質課税の原則」で否認される
法人を設立して資産を移したとしても、実質的に個人が利用・支配している場合は、
税務署から「形式だけの法人」と見なされる可能性があります。
たとえば次のようなケースは危険です。
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法人名義の不動産に経営者家族が居住している
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法人名義の車を私用で使用している
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法人の収益が経営者の生活費として流用されている
これらは「経済的実態が個人」と判断され、法人経費が否認される、
または役員賞与・給与課税として追徴を受けることがあります。
2. 資産の移転時に「譲渡所得税」が発生する可能性
個人から法人へ資産を移す場合、時価で譲渡したとみなされるため、
取得時よりも評価額が上がっていると、譲渡所得税の課税対象となります。
| 資産種類 | 取得価額 | 現在価額 | 譲渡所得課税の有無 |
|---|---|---|---|
| 不動産(土地・建物) | 2,000万円 | 3,000万円 | 有(1,000万円の利益に課税) |
| 車両・設備 | 300万円 | 150万円 | 無(簿価以下) |
このため、節税を狙って安易に資産を法人へ移すと、初年度に多額の税金が発生するリスクがあります。
3. 法人運営コストが増える
法人化には、設立・維持に関するコストも発生します。
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設立費用(定款認証+登記費用):約20万円前後
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会計・税務顧問料:月3〜10万円
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法人住民税(均等割):最低でも7万円/年
個人事業に比べ、毎年の維持コストが固定的に発生するため、
節税効果よりコストが上回る場合も珍しくありません。
法人化が「得するケース」と「損するケース」を見極める
節税メリットが期待できるケース
法人化が実際に有効に働くのは、以下のような条件を満たす場合です。
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個人の課税所得が900万円を超えている
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不動産収入や投資収益など、一定の安定的な資産所得がある
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家族への所得分散ができる(配偶者や子どもを役員にできる)
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将来的に資産を子会社化・事業承継したい
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金融機関との取引を法人で行いたい
法人化によって所得を分散でき、法人税+役員報酬の総負担を最適化できるため、
所得税率が高い層ほど効果が出やすい傾向があります。
法人化が損になるケース
一方で、法人化しても逆効果になるケースもあります。
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所得が少なく、法人維持コストが節税額を上回る
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実質的に個人利用が中心で、法人経費が否認されるリスクが高い
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短期的な節税を目的として設立しただけ
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管理・会計・申告を自力でできず、顧問料負担が重い
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不動産などの譲渡時に多額の譲渡所得税が発生する
特に、“節税目的のみ”の法人化は税務署の重点調査対象になりやすく、
かえって追徴課税や社会的信用の低下につながることもあります。
法人化の設計で押さえるべき3つの基本ステップ
節税を目的とした資産法人の設計には、次の3つのステップが重要です。
ステップ1:目的を明確にする
「節税」だけでなく、「資産管理」や「承継」「分散投資」など、
法人化の目的を多角的に整理することが第一歩です。
節税はあくまで“結果”であり、“目的”ではありません。
| 法人化の目的 | 適した法人形態 | 主な税務効果 |
|---|---|---|
| 不動産収入の管理 | 資産管理会社(合同会社など) | 所得分散・経費化 |
| 投資資産の保有 | 投資管理法人 | 損益通算・資金循環 |
| 家族への資産承継 | ホールディングス型法人 | 相続税対策・贈与の平準化 |
ステップ2:資産移転時の税務処理を精査する
個人から法人へ資産を移す際、譲渡所得税・登録免許税・不動産取得税などが発生する可能性があります。
特に不動産を移転する場合は、「名義変更=課税発生」になるため、慎重なシミュレーションが必要です。
例:不動産の法人化における税コスト
| 項目 | 内容 | 概算税率 |
|---|---|---|
| 譲渡所得税 | 個人→法人譲渡時に発生 | 約20%(長期)〜39%(短期) |
| 登録免許税 | 所有権移転登記時 | 固定資産税評価額の2% |
| 不動産取得税 | 移転後半年以内に課税 | 固定資産税評価額の3% |
これらを考慮すると、節税額より初期コストが上回る場合も少なくないのです。
ステップ3:法人と個人の取引を明確に区分する
法人化後は、「個人」と「法人」の資金や契約を明確に区別する必要があります。
曖昧な資金移動は、税務上“役員貸付金”や“仮払金”として問題視される要因です。
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法人用口座を開設し、個人口座とは完全分離
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家賃・車両・報酬の支払いをすべて契約書で明文化
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個人利用部分を按分し、経費計上は合理的根拠を残す
このように**「形式」と「実態」の整合性を確保する**ことが、法人化を成功させる最大のポイントです。
実務上よくある誤解と注意点
1. 「車を法人名義にすれば経費になる」は誤解
車両を法人で所有しても、私用が多いと経費否認のリスクがあります。
業務使用割合を走行距離や運行記録で証明できるようにしましょう。
2. 「自宅を法人名義にして家賃を払えば節税」は要注意
経営者の自宅を法人が借りる場合、合理的な賃料設定でなければ「役員賞与」と判断されることがあります。
自宅の一部を事務所として貸す場合は、面積按分を明確にして契約書を作成することが大切です。
3. 「株式や仮想通貨の法人化」で損益通算できるとは限らない
投資資産を法人で保有すると、損益通算のルールが個人と異なります。
個人の譲渡損益は「申告分離課税」ですが、法人では「総合課税」扱いになるため、
思わぬ課税増となるケースもあります。
節税よりも「資産保全・承継」を重視した法人化へ
法人化は節税だけでなく、リスク分散と資産承継の仕組みづくりとしても有効です。
たとえば、経営者が高齢化しても法人が資産を保有していれば、
相続時の煩雑な分割や名義変更を避けられ、
「法人を引き継ぐ」形でスムーズな事業承継が可能になります。
また、法人に資産を移すことで、倒産や訴訟リスクから個人資産を保護することもできます。
この観点から、「節税より安全設計を重視する資産法人」の設立も増えています。
専門家に相談すべきタイミングとポイント
法人化の判断や設計は、税法・会社法・不動産法の知識を横断的に必要とする高度な分野です。
次のような場合は、早めに専門家(税理士・会計士・司法書士)へ相談することをおすすめします。
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不動産や株式など、評価額が高い資産を法人に移したい
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家族への報酬設定や相続を視野に入れたい
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節税シミュレーションと税務リスクのバランスを確認したい
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銀行融資や取引先への影響を最小限にしたい
専門家とともに、3年後・5年後のキャッシュフローを見据えた法人化シナリオを作ることが、
節税と安定経営の両立につながります。
最後に:節税だけを目的としない「戦略的法人化」を
個人資産の法人化は、正しく設計すれば大きなメリットがあります。
しかし、短期的な節税だけを狙うと、税務否認・譲渡課税・コスト増といった
“落とし穴”にはまりやすいのも事実です。
重要なのは、
「節税」よりも「資産管理・承継・キャッシュフロー最適化」を主眼に置くこと。
法人化は手段であり、目的ではありません。
自社の状況に合ったスキームを専門家と一緒に検討し、
長期的な視点で資産を守る仕組みを整えることが、経営者にとっての真のメリットです。

