個人事業主に退職金はないのか?
会社員であれば、勤続年数に応じて退職金が支給されるケースが多く、老後資金の柱のひとつになります。
一方、個人事業主やフリーランスは、自ら資金を準備しなければ退職金がゼロという現実があります。
しかし、国が運営する「小規模企業共済」を活用すれば、退職金制度を自分で作ることが可能です。
さらに、掛金は全額所得控除できるため、節税しながら老後資金を積み立てられるという大きなメリットがあります。
貯金だけでは老後資金が不足する現実
個人事業主の多くが老後資金として「銀行預金」や「投資信託」で備えていますが、これらには課題があります。
-
預金だけでは利息がほぼゼロに近い
-
投資信託や株式は値下がりリスクがある
-
貯蓄型保険は解約返戻金が低く、途中解約で元本割れの可能性
さらに、単純に貯金するだけでは税金の優遇がないため、所得税・住民税を余分に払ってしまうことになります。
その結果、**「老後資金が不足するリスク」と「税金の払いすぎリスク」**が同時に発生します。
小規模企業共済は「退職金+節税」の両立ができる制度
小規模企業共済は、個人事業主や中小企業の経営者向けに国が用意した退職金積立制度です。
以下の特徴があります。
-
掛金は全額所得控除(最大月7万円、年84万円まで)
-
事業をやめたとき・65歳以上で任意解約時に共済金を受け取れる
-
元本割れのリスクが極めて低い
-
受取時の税制優遇(退職所得扱いまたは公的年金等控除の対象)
つまり、現役時代は節税効果を享受しつつ、将来は退職金として受け取れるという、非常に効率的な老後資金制度です。
このあと、「理由」「具体例」「行動」の順に、より詳しく仕組みと活用方法を解説します。
小規模企業共済が退職金制度として優れている理由
1. 掛金全額が所得控除になる高い節税効果
小規模企業共済の最大の特徴は、掛金が全額「小規模企業共済等掛金控除」として所得控除できる点です。
たとえば年間課税所得が500万円の個人事業主が、月5万円(年間60万円)の掛金を払った場合、所得が60万円減ります。
所得税(税率20%)+住民税(10%)を合わせると、年間約18万円の節税効果があります。
掛金(月額) | 年間掛金 | 節税額(所得税20%+住民税10%) |
---|---|---|
1万円 | 12万円 | 約3.6万円 |
3万円 | 36万円 | 約10.8万円 |
5万円 | 60万円 | 約18万円 |
7万円(上限) | 84万円 | 約25.2万円 |
※税率は例示(実際は所得額によって変動)
2. 元本割れリスクが極めて低い
小規模企業共済は独立行政法人 中小企業基盤整備機構が運営し、法律(中小企業退職金共済法)に基づいた制度です。
掛金は安全性の高い国債や公社債などで運用されるため、市場変動による大きな元本割れリスクはありません。
ただし、加入から短期間での任意解約は元本割れになる可能性があるため、長期的な積立を前提に考えることが大切です。
3. 受取時の税制優遇
共済金の受取方法によって、税制上の取り扱いが異なります。
-
一括受取:退職所得扱い(控除額が大きく、課税額が少ない)
-
分割受取:公的年金等控除の対象(年金受給額に応じて課税軽減)
-
一括+分割の併用も可能
特に退職所得控除は勤続年数20年超の場合、1年あたり70万円控除となるため、数百万円〜数千万円の受取でも課税ゼロまたは低額で済むケースがあります。
4. 個人事業主でも法人役員でも加入可能
小規模企業共済は、以下のような立場の人も加入できます。
-
個人事業主(青色・白色問わず)
-
法人の代表者(取締役・代表社員など)
-
家族従業員(事業専従者や役員)
つまり、事業形態を変えても(個人→法人)継続加入できるのが強みです。
5. 事業の廃業・売却時に資金を確保できる
事業をやめるとき、共済金を退職金として受け取れば、生活資金や新事業の立ち上げ資金として活用できます。
また、病気・災害・破産などやむを得ない理由での解約時も、一定の共済金が受け取れます。
積立シミュレーションと受取イメージ
1. 掛金別・加入年数別の積立額と受取額モデル
小規模企業共済は月額1,000円〜7万円まで500円単位で自由に掛金を設定できます。
以下は、掛金を一定額で積み立てた場合のシミュレーション例です(予定利率を考慮せず、概算で算出)。
掛金(月額) | 年間掛金 | 10年積立額 | 20年積立額 | 30年積立額 |
---|---|---|---|---|
1万円 | 12万円 | 120万円 | 240万円 | 360万円 |
3万円 | 36万円 | 360万円 | 720万円 | 1,080万円 |
5万円 | 60万円 | 600万円 | 1,200万円 | 1,800万円 |
7万円(上限) | 84万円 | 840万円 | 1,680万円 | 2,520万円 |
※実際の受取額は運用益・共済金の種類・受取方法により変動
2. 節税効果込みの実質負担額イメージ
掛金は全額所得控除となるため、実質的な負担額は節税効果を差し引いた額になります。
例:課税所得700万円の個人事業主(所得税率23%+住民税10%=合計33%)が月5万円(年60万円)を積立
-
年間節税額:60万円 × 33% = 約19.8万円
-
実質負担額:60万円 − 19.8万円 = 約40.2万円
つまり、60万円積み立てても、実際の負担は約40万円で済みます。
長期的に見ると、この節税効果は数百万円単位に膨らみます。
3. 受取時の税金軽減例(退職所得控除)
仮に20年間、月5万円積立(総額1,200万円)を事業廃業時に一括受取する場合:
-
退職所得控除:20年 × 40万円 = 800万円
-
課税対象額:1,200万円 − 800万円 = 400万円
-
退職所得の1/2課税:400万円 ÷ 2 = 200万円
-
所得税率10%+住民税10%としても、課税額は約40万円程度
つまり、積立総額の約97%を手元に残せる計算になります。
4. 会社員との比較
会社員は退職金制度がある場合が多いですが、掛金が全額所得控除になる仕組みは会社員の厚生年金や企業年金でもありません。
個人事業主が小規模企業共済を利用すれば、
-
会社員の退職金制度に近い仕組みを持てる
-
節税+老後資金の二重効果が得られる
という点で、大きなアドバンテージになります。
加入から運用までのステップと注意点
1. 加入方法と必要書類
小規模企業共済は、全国の金融機関(銀行・信用金庫・信用組合・農協など)または商工会議所・商工会で申し込めます。
加入手続きは以下の流れです。
-
加入資格の確認
-
個人事業主または法人役員
-
従業員数が20人以下(サービス業・商業は5人以下)など業種別条件あり
-
-
必要書類の準備
-
加入申込書(窓口で入手)
-
本人確認書類(運転免許証など)
-
事業証明書(開業届控え、確定申告書控え、法人登記簿謄本など)
-
-
金融機関で手続き
-
掛金額(月額1,000円〜7万円)を決定
-
振替口座を指定
-
-
機構で審査・承認
-
通常1〜2か月で掛金の引き落とし開始
-
2. 掛金設定の考え方
掛金は年1回、増額・減額が可能です。
設定のポイントは次の通りです。
-
節税を重視するなら:所得控除効果が大きい上限額(7万円)を目指す
-
資金繰りを重視するなら:生活・事業資金に余裕のある範囲で設定
-
将来の退職金額を意識:目標受取額から逆算して掛金を決定
3. 加入時・運用中の注意点
小規模企業共済はメリットが大きい一方、以下の注意点があります。
-
短期解約は元本割れ
→ 240か月(20年)未満の任意解約では受取額が掛金総額を下回る場合あり -
掛金の未納は避ける
→ 12か月以上滞納すると資格喪失の可能性 -
事業廃止・法人解散時は一括受取が基本
→ 分割受取も可能だが、退職所得控除を活かすなら一括受取が有利な場合が多い
4. おすすめ活用法
-
節税+老後資金の二重効果を狙う
→ 高所得期は掛金を多く、所得減少期は減額して資金繰り調整 -
廃業資金の確保
→ 事業縮小や引退の際の生活資金に充てる -
事業承継時の退職金原資
→ 後継者に事業を譲る際、自身の退職金として受け取り生活基盤を確保
5. 今から始めるべき理由
-
掛金控除は加入した年から適用されるため、早く始めるほど節税メリットが積み上がる
-
長期加入で退職所得控除が増え、受取時の税負担が減る
-
他の老後資金制度(iDeCo、NISA)との併用も可能で、資産形成の選択肢が広がる
まとめ
小規模企業共済は、個人事業主や小規模法人の経営者にとって、退職金制度と節税効果を同時に得られる唯一無二の制度です。
長期的に活用すれば、老後資金の確保と税負担軽減の両方を実現できます。